私は26歳になるまで、日本から一歩も外に出たことがなかった。
この平和で美しい島国から出ないまま育った、究極の箱入り娘である。
箱入りというより、もはや真空パックである。
そんな私が初めて海を越えたのは、26歳のとき。
行き先はインドネシア。しかも出張。
仕事である。…一応、観光ではない。
にもかかわらず、人生初の海外デビュー戦を迎えた私は、数々の失敗をしてきた。
高すぎる、言葉の壁
まず痛感したのは「言葉の壁」だ。
私のインドネシア語ボキャブラリーは「ありがとう=テリマカシ」ただ一つ。
ワンワード留学生である。
テリマカシしか知らん女は、「これください」も言えない。「いくらですか?」も「どこですか?」も聞けない。
食べ物の辛さすら確認できない。
気づけば、笑顔とジェスチャーだけで生き延びるサバイバル生活。
でもね、ふと考えたんです。
日本で外国人がカタコトの日本語で一生懸命話しかけてくれたら、すごく嬉しいでしょう。
「ニホン、スキデス!」なんて言われたら即おもてなしモードですよ。
こういう点からも英語ではなくできれば現地の言葉を学んだ方がいいだろう。
……それなのに私は、現地の人に「テリマカシ」しか言えなかった。
ちったぁ頑張れや、自分。
しかしインドネシアの方はとても日本に友好的で、こちらが話す全く言語として成り立っていないカタコトのインドネシア語を聞いてくださった。
完全に現地の方のやさしさに甘える言語能力でお邪魔してしまったことを後悔している。
私の意味不明なインドネシア語を頑張って解読してくださったインドネシアの皆様、マジでありがとうございました。
食べ物、飲み物について
テリマカシしか知らん女が次にカルチャーショックを受けたのは飲み物。
インドネシアの飲み物は、例外なく甘い。
紅茶も緑茶も甘い。コーヒーも甘い。ジュースなんてもはや砂糖爆弾!
初めて口にしたとき、私は心の中で叫んだ。
「これは……飲み物ではなくデザートでは?」
あまりの甘さに「歯が先に溶けるか、糖尿病になるのが先か」という二択に迫られたほどである。
一応、水は甘くなかったが、最初の一口は完全に疑ってかかった。
「もしかして……これも甘いのでは……?」
・・・最終的に、同行者に「砂糖すくなめ」という魔法のフレーズを教えてもらって事なきを得た。
いや、これこそ真っ先に覚えるべきワードだったのでは?
そして食べ物。
インドネシアの食べ物はとにかく辛い。日本で食べられる辛い食べ物(たとえば中華や韓国料理)の辛さとは明らかに種類の違っている辛い食べ物が多い。
辛い!辛い!と楽しく食事をしていると
「え、あの…すいません…なんか鼻血が出ていると思いますよ」
と同行者に指摘された。慌ててティッシュで鼻を抑えると鮮やかな血が…!
辛さと恥ずかしさと可笑しさでもう笑いが止まらなかった。
まさか初めての海外で辛いものを食べすぎて鼻血が出るなんてマンガみたいなことが起こるだなんて…!
宗教や思想の勉強不足
そして三つ目。宗教である。
日本人の宗教観って、わりとゆるい。お正月は神社に行って、結婚式はチャペルでドレスを着て、葬式はお寺でお坊さんにお経をあげてもらう。
——要するに「イベントごとに宗教フルコース」みたいな感覚である。
だからこそ、バリ島に行ったときは衝撃だった。
バリではバリ・ヒンドゥーが信仰されていて、宗教が生活の一部どころか、生活そのものになっている。
道端には必ずといっていいほど小さなお供え物(チャナン・サリ)が置かれている。花びらや食べ物が入った小さな箱のようなものだ。
最初は「あのお花とかが入ってる箱はなんだ!?」と思った。
これは神様への感謝を示す日常の儀式。誰もが当たり前のように毎日やっている。
そしてお寺。
日本のお寺は静かで落ち着いたイメージだが、バリのお寺は装飾がすごい。色も形も派手だし、神様の像もなかなか迫力がある。
博物館に行くと、牙をむいた神様や目を見開いた仏像のような展示もあって、最初は「え、こわっ……」となる。
でも解説を読むと「この方は悪霊を追い払ってくれる守護神です」とか「家を守ってくれる神様です」と書いてある。
——なるほど、そう聞けばありがたく見える。
知識がないとホラー、知識があると神様。
宗教って、背景を知らないと「怖い像コレクション」にしか見えないが、学べば「ありがたい守り神コレクション」に変わるのだ。
しかもお土産屋さんに行くと、ガネーシャ像や仮面がズラリ。
正直、何も知らないと「え、これ飾ったら夜動き出しそう……」と思うのだが、意味を知れば「勉強机にガネーシャ像を置いたら試験に受かるかも!」という発想になる。
宗教を知らないと怖い。知ると世界観がガラリと変わる。
結論:勉強不足のまま飛び出すと笑えるけど大変!
こうして振り返ると、私は完全に座学ゼロの飛び込み留学生のような状態でインドネシアへ行ってしまった。
言語も文化も宗教も、もっと勉強しておけばよかった。
そうすれば「困った!」も「甘すぎる!」も「こわっ!」も、もっとスマートに楽しめただろう。
とはいえ。
ノー勉で行ったからこそ、すべてが新鮮で面白かったのも事実だ。
甘すぎる飲み物に衝撃を受けたり、神様を一瞬ホラーと勘違いしたり、現地の人と身振り手振りで必死にやり取りしたり。
全部「初めての海外だからこそ味わえたエンタメ」だったのだ。
だから次に行くときは、勉強をしてもっと敬意をもって臨みたい。
でももしまたノー勉で飛び出したとしても、きっとそれはそれで笑える旅になる気がする。